『 通話中 』
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これは、わたしの母が経験したお話です。
このお話の中で実際にあった事は、観測されたみっつの事象だけです。 その他の部分には私の想像が入っていますので、そういった意味合いでは、フィクションも含まれています。
 電話がなぜ掛かって来たかについては、誰も説明ができません。 単なるイタズラ電話なのかもしれませんし、何が意味があるのかもしれません。

 その電話が母の携帯電話にかかってきたのは、まだ寒さの残る3月下旬のことでした。
 携帯電話をあまり『携帯』しない私の母は、機械音痴なこともあってか、頻繁に携帯を利用することがなく、友人や、わたし達家族と、ときどきメールの短いやり取りをするくらいなものでした。
 必然的に、誰かから電話がかかってくる事もないので、着信が入るとどうにも驚いた様子で、目立つはずの通話ボタンを探して慌てていたりします。 大体の場合、母に電話をかけるのは、待ち合わせに向かった父か、会社帰りのタイミングで家族の誰かが掛けるくらいのものです。
 その日の夕方。 会社帰りの母は、めずらしく携帯電話を片手に、眉間に皺を寄せて、「なんか、気持ち悪いなぁ」とぼやきながら帰ってきました。 母を駅まで迎えに行った父親は、一緒に玄関を上がりながら、「別に気にすることあらへんがな」とけろりとしています。
「なに、どうかしたん」
 私は携帯を注視する母をめずらしく思い、何があったのかを聞きました。
母はめずらしく神妙な顔をして、言いました。
「おとといなぁ、私と1番違いの携帯電話から、電話が掛かってきたんよ」

 母の携帯電話番号は、090−××××−×613です。
 母が見せてくれた携帯電話の着信履歴には、一昨日の午後2時過ぎに、よく似た番号からの着信が記録されていました。
090−××××−×614。 母の携帯番号と、ほぼ一緒の――ゆいいつ下一桁目の数字が、1番違いの電話番号です。
めずらしい。 こんなことあるのだなあ、と思った母は、一昨日の夕方に、その番号へ掛けてみたそうです。

 電話はつながらず、通話中なのか、ツーツーという音が響くばかりでした。
いまどきの携帯電話ならキャッチホン機能もあるような気がしますが、まったく呼び出し音が鳴らないのだそうです。
また後で掛けなおそうと思い、その夜にまた電話をしてみました。
『ツー ツー ツー』
また通話中の音が聞えるだけ。
 あまり気にせずに放っておけばよいものですが、母はなんだか気にかかって、次の日も、3時間おきに何度も電話してみたのだそうです。
朝かけても、夜掛けても、結果はどれも同じ。
通話中でした。
 なんだか釈然としないけれど、通じないのであれば仕方がない。 再びかかってこないのならば単なる間違い電話だろう。 そう思い、母が電話をかけるのをやめた次の日。
またお昼過ぎに、×614の番号から着信があったのだそうです。

 仕事終りに着信に気がついた母は、なんだか気持ち悪くなって、すぐに掛けなおすことにしました。
 履歴を呼び出し、通話ボタンを押す。
『ツー ツー ツー』
 やっぱり通じない。
 もう一度履歴を呼び出し、通話ボタンを押す。
そうすると、呼び出し音はやはり聞えませんでしたが、ツーツーという音の代わりに、
若い女性の声が聞えたのだそうです。
「はい」
 かろうじて聞える程度の、ひどく小さな声でしたが、応答した事に母はほっとして、
「あの、お昼にお電話をいただいたんですが」
 と話しかけました。
電話の向こうの女性はそっけなく、
「かけてません」
といいます。
「いえ、でも、午後3時前にお電話いただいた履歴があったんですが…間違い電話ですか?」
 別に単なる掛け違いなのであれば、それで良いと母は確認したかったのですが、
電話の声の主は急に取り乱したように、びっくりするくらいの大きな声で言ったのだそうです。
「掛けてないって言ってるでしょう。 もう二度と私の携帯に電話しないで下さい。」
そして一方的に通話は切られてしまいました。

 母が眉間に皺をよせて帰ってきたのは、その出来事があったからでした。
私にいきさつを話した母は、「なんか、気持ち悪いよね」と私の顔をうかがいました。
母の後ろで、父は「そもそもが、単なる間違い電話やろ」と苦笑いしています。
いつもの明るい声で、
「そんなもん、いつもお母さんがやってるのと一緒やと思うなー、おおかたその人も、自分の携帯が見当たらんもんやから、電話かけて探そうと思ったんやろ。 ほんで、×614にかけようと思って、×613にかけてもうたんやって。」
 と言いました。
 私は父の言葉に違和感を感じました。
「違うよお父さん、それ。」
「なにが?」
「この人の携帯電話が×614で、それを探すのに掛け間違えたなら、お母さんの着信履歴になんで×614の着信があるの? その人、自分の携帯電話探すのに、自分の携帯電話から掛けてたって事になるよ」

 母は、一方的に電話を切られた後、腹を立てて、すぐにもう一度掛けなおしたのだそうです。
履歴を呼び出し、通話ボタンを押すと、聞えてきたのは
『ツー ツー ツー』
という通話中の不通音だったそうです。

 私は少し背筋が寒くなるのを感じました。
 母がその番号にかけたとき、いつも通話中というのは何故なのでしょうか。
――そのとき私の脳裏には、朝から夜まで、ずっと自分の携帯電話で、自分自身に向けて電話を掛けている、若い女の姿が思い浮かんだのです。

 
 

 

2011.07.01 Update.

  


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