『 解答がみたい 』
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算数の宿題ドリルはいつも、反対側から開いていた。
最後のページには、解答集がついているのだ。
「解答ページを用意してくれよ」
ごたごた文句を言いながら、図書室の長いテーブルにぐったりとうなだれる。
隣に座る同級生の美作涼子は、めがねの奥の切れ長の目をさらに凛とひきしめて、左からおれの腕をはたいた。
「あのね。 テスト勉強したいっていうから、付き合ってあげてんのよ。」
提出物じゃないんだから。 解答ページ見ながらする奴がどこにいんのよ。
と、うんざりしたように溜息をつく。
言うだけ言って、また自分のノートに向き直る。
それ以上かまってくれることはなく、シャープペンの動く音だけが聞えてくる。
うちの中学は、中間考査と期末考査の前1週間から、テスト期間にはいる。
テスト期間中は部活動も休みで、そんな今じゃなきゃ、おれが美作と放課後一緒に居る事なんかありえない。
だから、今日は思い切って、図書室で一緒に勉強をしようと声をかけたのだ。
カモフラージュのために、同じ野球部でキャッチャーの山本を誘い、美作の親友の夕陽も誘ってもらった。
隣に座ったのは失敗だったかもしれない。
これじゃ彼女が見えない。
でも、なんか心なしかいいにおいがして、美作がすぐ近くにいるのがわかる。
もともと勉強なんか建前だけど、本当に勉強できないぞ。
視線が思わずその横顔を追いかけそうになるたび、おれは焦った。
こんな風になってしまった原因は、わかっているのだ。
夏に行った宿泊訓練の夜、
男子部屋のふとんの中で、じゃんけんで負けたやつが好きな女の子の名前を白状するゲームをした。
その時に、おれが負けたからいけなかったのだ。
おれが負けて、しかも、正直に白状する勇気がなくて、
『おれは夕陽美駆が好きだ』
なんて、大嘘をついてしまったから。
今、こんなことになってるんだ。 きっと。
そのゲームの結果は、翌日のお寺めぐりの時にはもうクラス全員が知っていた。
多分、その時に美作と夕陽も、聞いたのだろう。
夕陽は、恥ずかしそうにしながらも、時々声をかけてくれる。
だけど、それ以来美作は、おれと話をするのを避けた。
『放課後、いっしょに勉強しようぜ。 夕陽も誘ってくれよ』
夕陽の名前を出すことで、かろうじて俺に構ってくれるようになったのだ。
山本が、気の毒そうな視線でおれを見つめてくる。
こっちを見るなと表情だけで返事をして、おれは目の前の勉強に向き直った。
―――解答ページを用意してくれよ。
なんども、心の中で叫んでいる。
算数の宿題ドリルはいつも、反対側から開いていた。
最後のページには、解答集がついていたのだ。
だけれど、今かかえているこの大問題には、解答ページがついていない。
間違いばかりで、勉強不足な自分が悪いのは、わかっているのだ。
それでも、解答があるのならば、それをみせてほしい。
おれじゃ、余計に問題をややこしくしてしまうばかりだから。
「美駆ちゃん、こいつ最初の一問目で止まってるよ…ちょっと教えてあげたら?」
そんな美作の声を聞き、おれはちょっと恨めしく思う。
「お前が教えてくれよ。 隣いんだから。」
不機嫌な調子で言ってみる。 …だけど、成績のいい美作の事だ。
こんな問題、一瞬で回答されてしまうに違いない。
彼女のにおいをすぐちかくに感じながら、おれはずっと、
心の中で、呪文のようなその言葉を繰り返している。
2009.11.08 Update.