『 オールド・ヒーロー 』
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『赤い服の老人、暴漢からホームレスを救出!』
『サンタクロース、ケネディ国際空港でのテロ計画を未然に阻止、人質は無事救出』
『SWATの出番なし! 立て籠もり犯をサンタが武装解除』

『2012年 最後のニューヒーローは S A N T A!!』

 連日新聞紙には、信じられないような記事が載っている。
タブロイド紙の記事ではない。 世界中の報道機関が、事実としてニュースを配信しているのだ。
マスコミ各社はインタビュー特番を組んだが、その様子がまたセンセーショナルであり、議論が議論を呼んでいる。


インタビュワー(以下、I):貴方が、2012年の12月から世界各地で自警活動を行っている通称『サンタクロース』氏ですか?
サンタクロース(以下、S):フォフォ、その通りだ。
I:貴方がサンタクロースだと証明する事はできますか?
S:ヒゲを引っ張るくらいしかできんが、それでもよいかな?
I:貴方はこれまで、世の中に実在しない人物だと思われてきました。 何故今、『自警活動』という形で世に姿を現したのですか?
S:こりゃ、わしが仕事をサボっとったような言い方は関心せんぞ。 わしは、わしの存在を心から信じている子供たちには、これまでも継続的にプレゼントを行ってきた。 親からプレゼントを貰う子には、残念じゃが予算の都合もあって勘弁してもらっておっただけじゃ。 そもそも、北アメリカ航空宇宙防衛司令部(NORAD)だって、毎年聖夜にはワシを追跡しとるじゃろうが。
I:…ンンッ(咳払い)……それで、何故“今”になって、自警団のような活動を始めたのです?
S:何故もなにもあるかい。 例えば、この国の体たらくを見よ。 失業者が増えすぎて国民は疲弊しとる。 クリスマスだというのに、プレゼントも買ってもらえない子がたくさんおるのだ。 彼等全員にプレゼントを購入する予算はわしにもないが、希望をプレゼントすることなら、悪党の数だけ叶うじゃろう。 幸いにして悪党は山ほどにおる。
I:あなたが行っている活動は違法行為だという声も多くありますが?
S:大きな罪を滅ぼすには、小さな罪も必要という事と思ってもらえば良い。必要悪というやつだ。 大体、今までも、住居不法侵入など朝飯前にこなしてきたぞ。 今更わしを逮捕するかね?
I:どのようにして犯罪者を特定しているのでしょうか。
S:フォフォ、それは言えんが、助けを求める声が聞こえるとだけ言っておこう。 あとは駆けつけて、悪党を伸すだけじゃ。 わしが無実の民間人をひっとらえたという事実はない。 安心してもらってかまわんよ。
I:かなり御歳を召されているように見受けられますが…戦闘はお得意なのですか?
S:イギリス陸軍SASに、最初に近接戦闘(CQB)の基礎を伝授したのはわしじゃ。 それなりに心得ておる。 もちろん、ガンも使えるぞ。
(サンタ氏、胸元のホルスターからグロック17L拳銃を取り出しカメラに見せ付ける。 スタジオ内は騒然となり、VTR終了)


* * *


 12月25日午前0時。 サンタクロースは9機の動力機関を持つ飛行橇(そり)に乗りこみ、北極にある自宅を出発した。 暗闇の中、星も尾を引いて見えるほどの超高々速飛行で、あっという間に北極圏を離脱する。

 ――サンタクロースの存在を信じる子供達は、今では少数である。 昔は、一夜ではとても世界中を巡りきれずに、本来補給部隊であるはずの現地の認定サンタ達を大量に宅配バイトとして雇ったものだが、近年では時間をもてあますほどになった。どの国の子供達も、冷めた表情で「サンタはうちの両親だし」と斜めに構えている風景が日常と化している。
 サンタクロースは考えた末に、これまでの秘密主義から一転して方針転換をし、プレゼントを運ぶ傍ら、世にはびこる悪を懲らしめることで、子供たちに夢と勇気を与える事にしたのだ。 重大な仕事がひとつ増え、今年はかつてのように、忙しい聖夜となることだろう。
 左腕のプロテクターに埋め込まれたPDAには、GPSマップが表示され、最寄の光点(もくてきち)への針路を示している。 金色に輝く光点は、プレゼントを待つ子供達の居場所を示し、赤い光点は、助けを待つ人々の心の叫び――すなわち、そこに同時に存在するであろう、殲滅すべき悪党の居場所を示していた。 マップ・データリンクの赤点表示は、この冬初めて実装された新機能だ。
 橇を巡航モードにシフトダウンし、赤い服のヒーローは、ひげに隠れた口端でニヤリと笑みを浮べた。
老眼鏡を投げ捨てて、代わりに暗視ゴーグルを装着する。 胸元のホルスターからグロック17Lを取り出し、スライドを引いてチャンバーに初弾を装填した。
「フォフォ、作戦行動開始。」
 彼の後方では、カナダ・バンクーバー基地から上がってきたエスコート役の戦闘機、CF-18ホーネットが、NORADの真冬の名物コンテンツ『トラックス・サンタ』追跡調査の為の、深夜任務に着いていた。


* * *


「まだかのう、サンタのやつ」
 世界を股にかける秘密結社、『国際サンタクロース協会』の輸送トレーラーの中では、お決まりの衣装で揃えた現地の認定サンタ達が、こすり合わせた手に白い息を吐きつけている。
「ほんとだのう。 寒いわい。 わしらも早いところ隠居して、あったかいクリスマスを過ごしたいのう」
「無理じゃないかのー。 世直し事業にまで参画するようになったら、おいそれと退職させてくれんぞ。嘱託で頼む、て言われるかもしれん…」
「これなら今までの秘密主義の方がよっぽど気が楽じゃったのう…」
「…おッ、やっこさんだ。来おったぞ」
 音も無く飛行橇がトレーラーの隣に着陸すると、弾薬ベルトを肩にかけたサンタクロースが分厚い雪の上に降り立った。
肩で荒く息をしているが、どうやら無傷のようだった。
「遅かったのう! てっきり返り討ちにあったかと思ったわい」
「バカいえ。 年を食ってもまだまだ現役じゃ。 それより、一号動力炉(ルドルフ)の調子が悪い、すまんが大急ぎで診てくれ。 それと、プレゼントの補給が必要じゃ!」
「弾は残っとるんかいの!」
 拳銃の最後のマガジンを抜き捨て、サンタは悲鳴のような声を上げた。
「全然足らん!」
「格納庫にたんと入っとるから、好きなだけ持って行け。 重たい花火も入れておいたぞ!」
「恩に着るわい…!」

 RPG-7を肩に背負い、狙撃銃を携えて戻ってきたサンタクロースは、整備を終えた橇の前で、補給部隊に興味深い話を聞いた。
「サンタよ、極東の島国に異変アリじゃ。」
「何、どうした。」
「データリンクで確認してみい。 知らん間に、赤点だらけになっとるわ」
「一体、何があった?」
 左腕を掲げ、マップを広域にして確認する。 日本の各地、特に都市部が、赤い点で真っ赤に染まっていた。
「それが、何が起こったのかさっぱりわからん。 現地の認定サンタに問い合わせても、『たぶん、大丈夫』という回答だったそうじゃ。 中継映像などを見ても、特に混乱は見当たらんし。 かといって、データの誤りでもないようだしの。今、調査隊を向かわせておるらしい。上は予定通りの作戦続行をご希望じゃ。もちろん、現場の判断に任せるという事だが…」
「そうか。フム、異変の原因がわからず、被害がない以上、まずは本業のプレゼント配送の終了が先決じゃ。正確な情報が入るまでに、本業を済ませよう。 幸い、米国は次の一件で完了じゃからの。 急ぎ、ヨーロッパの仕事を済ませて、アジア経由で日本に向かう」
「あんまり無理はしなさんなよ。あんたが死んだら世界中の子供達が悲しむからの」
「わかっとるよ」
 こつんと拳を合わせ、笑顔を交し合うと、サンタクロースは橇に乗り込んだ。


* * *


 かくして米国全土で約400件のプレゼント配送と、14件の人質救出を成し遂げたサンタクロースは、一路、針路を東へと向けた。
 橇に備え付けられた無線機に、後続のホーネットから通信が入る。
『レインディア10より正体不明機へ、間もなく米国の防空識別圏(ADIZ)を出ます。 エスコートは終了ですか?サンタクロース』
「ああ。 ちょっとしたトラブルがあっての。 今回は、このまま東回りで行く。」
『了解しました。 撃墜されないよう、気をつけて下さい』
「有難う。 お前さんにも、家族で過ごすクリスマスがあったろうに。 せっかくの夜を台無しにしてしまって、すまんかったの」
 サンタの追跡警備は、家族にすらも教える事は許されない極秘任務である。 パイロットの家庭は今夜、父親不在の寂しいクリスマスを過ごしていることだろう。
 サンタは無線機に向かって、静かに詫びた。 おどけるように二度、翼を振って、僚機がゆっくりと離れていく。
無線機から聞こえてきたのは、パイロットの朗らかな声だった。
『いいえ。 伝説のオールド・ヒーローと共に飛ぶことが出来て、光栄でした。 メリー・クリスマス、ご武運を祈っています。』



* * *


『俺の人生もう終りだよ。何もかもがつまんねえ #クリスマスイブ』

 高木は、深い深い溜息をついた。
先ほどから、#クリスマスイブというハッシュタグに、俯いた言葉ばかりを呟いている。
 PCラックのキーボードの横では、夕食に食べたシーフード・ヌードルが、冷えたスープの液面に細かな脂肪の塊を浮べていた。 反対側にはシケモクが山と詰まれた灰皿。 埃っぽい室内では、今まさに天井の照明が寿命を終え、チカチカと明滅を始めた。 自分へのクリスマス・プレゼントにネット通販で購入した商品は、どうしてだか届かない。 連休中は誰からもメールはなく、寒さだけが窓を通り抜けて訪ねてきてくれる。今日に限って見当たらないTVのリモコンに対してまで、「ひょっとして自分から離れていってしまったのではないか」と錯覚してしまうほど、高木の心は凍えて弱っていた。 
 ――いいや、錯覚ではないのかもしれない。
 家族以外の誰かに愛される事はない。 誰かを本気で愛したことも、ない。 きっとこれから先も。 現実の世界に、自分の安心できる居場所など、無いと思った。 
 ただ普通に生きてきたつもりだったのに、高木はずっと一人だった。 誰もが、高木の事を甘く、軽く視ているように感じられた。 事実自分には、何も無い。 誇れるものも、これっぽっちの魅力も。
 生きていけるだけでも幸せだろうと、と言われた事もある。 だが、それが何だと思う。 幸せって何だ。 こんなにも満たされないのに。
 ツイログに流れる、様々な人々の心の叫びを、濁った目で見つめ、高木は俯いた。
 今日という日が独りだということを、自分だけが、面白可笑しく笑うことが出来ない。 負け組みだ。 一生負け続ける事が約束された人生。 子供っぽい卑屈だとはわかっている。 だけど、そう思うと涙が出てきた。
 高木は、しくしくと声をころして泣いた。 誰もが当たり前にしていることが、どうして自分にはできないのだろう。
一体、自分が何をしたというのだ。 いいや、何もしなかったからこうなっているのだ。 誰かに説明を求める声と、自業自得だと反発する声が、繰り返し繰り返し頭の中を駆け巡る。 良くない脳内物質が波のように押し寄せ、彼を内側から蝕むようだった。
「ああ、もう、消えてなくなってしまいたい。」

 その時、ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
 こんな深夜に一体誰だ、と思いながら高木がドアを開くと、
そこには肩を抑えてうずくまる、血まみれのサンタクロースが居た。
「フォッフォッフォゥ、メリー・クリスマス!」
サンタは血のついた口ひげで、にこやかに笑い、
――そして、その場に崩れ落ちた。


* * *


 サンタクロースには、右肩と腕に銃創、そしてわき腹に大きな刺し傷があった。 赤い衣装の半分が、より鮮やかな真紅に汚れ、一目で、かなりの出血量である事が見て取れた。
 高木は老人の腕の傷口をタオルで縛り、そっと自分のベッドに横たえた。 救急車を呼ぼうと携帯電話を取り上げると、サンタは弱弱しく高木の手を制して、そっとかぶりをふった。 蓄えられた柔らかな髭の下で、老人が微笑みを浮かべるのが見えた。
 この老人は、世間で噂になっている、本物の『世直しサンタクロース』なのだろうか。 VTRで見た姿そっくりの老人を前に、高木はうろたえるばかりだった。

「…………」

 老人は、自由な左腕を持ち上げ、腕にまきつけた電子機器に向かってなにやら話しかけた。
小さな電子音を立て、日本語に翻訳された言葉が、左腕の画面に大きく表示される。
『私はサンタクロースです。 じき助けが来ますので、どうか、怪我の事はおかまいなく。』
「しかし、すごい出血ですよ。 今すぐ救急車を呼んだほうが、いいのでは…」
『しくじってしまいました。 一瞬の油断が招いた結果です。 ところで…ここは、高木悠馬さんの御宅で間違いありませんか?』
「ええ、そうです。私が高木です。」
『私を見て、驚かないのですね。』
「毎日、TVであなたの事を報道していますから。 一体、どうしてそんな大怪我をしているのですか」
 サンタクロースは、フォフォ、と弱弱しく微笑み、腕の機械にこれまでひとつひとつ、クリアしてきた光点を再表示させて見せた。
『このレーダーを使い、助けを求める者と、プレゼントを求める子供たちの居場所を探って、世界中を旅してきました。 この国は一見平和だというのに、助けを求める者の光があまりに多く、北から南まで、全て訪ねるのは、骨が折れましたよ。』
「そうすると、取り締まろうとした犯罪者に、逆にやられたのですか」
『その通りです。 この国は、クリスマス・イブを、『恋人の記念日』であると、変わった解釈をしているようですね。 独りで過ごす事が辛いと感じる人々の心の声がレーダーに誤って反応してしまい、こんなにも多く、救難信号として検出されてしまいました。 一件一件、確認して廻りましたが、どれも命に別状はなく、私はすっかり油断してしまいました。 そのうち訪ねた一件が、本物の凶悪犯のいる現場だったのです。 なんとか相手を倒す事はできましたが、私も深手を負ってしまいました。』
 高木は、なんと言ってよいかわからずに、言葉をつぐんだ。
サンタクロースは、自分の心の叫び声を聞きつけて、無事を確かめにきてくれたのだ。
「すみません…」
 そう言葉にするのがやっとだった。きっと、その誤作動には、自分の心の叫びも含まれていたに違いない。
『いいえ、みなが無事でなによりでした。 高木さんも、みなさんと同じように独りが辛いとお考えだったのですね。』
「はい…」
 サンタクロースは、にっこりと笑った。
そして、透き通った青い瞳で、高木の目を見た。

『高木さん。 その苦しみばかりは、私はあなたを助けてあげる事ができません。 それは姿形のあるものではなく、世の中に漠然と流れる“空気”だからです。 悪意があろうとも、空気を懲らしめることはできません。』
「はい…」
『特に、世界が広がり、いろいろなものの比較が容易になり、勝った、負けたといった概念が、目に見えずあちこちに感じられる事で、近年は余計に息苦しく感じる事も多くなったように思います。  ですが、心の持ち方ひとつで、嫌な空気はただの空気として感じる事ができるようになるのです。 誰かを妬んだり、羨んだりすることは、いくらでもあるでしょう。 しかし、あらゆるものに勝ち負けが存在するのだとしたら、感じる自分自身が「妬ましい」、と思ってしまった時こそが、本当の『負け』なのですよ。』
 高木は顔を上げた。
『悲観する事はありません。 ただの空気です。 大丈夫、ネガティブな感情に負けないように、自分自身を強くもって生きていれば、おのずと道は開けます。 簡単なことではありませんが、そうあろうと努力することが重要なのです。 一歩一歩、進むのです。』
 サンタクロースはそう言って笑うと、左腕のマップを現情報に戻した。 びっしりと輝いていた赤い光点が、奇跡のようにさっと姿を消したのは、彼がひとつひとつ、地道に行動した結果である事を示していた。
 そして、現在地点を示した高木の部屋に、ひとつだけ、金色に輝く光が残された。
『小さい頃、どんなにいじめられても、ずっと私が実在すると信じ主張した事があるのを、覚えていますか。 貴方なら、きっと大丈夫です。 …さあ、高木さん、プレゼントは何がいいですか?』

 凍えた心がほどけるのにまかせて、高木は泣いた。
そして、この心優しき老人が無事に来年も活躍してくれる事を、大きな声で願った。 
 傷だらけのサンタクロースは、今年最後の仕事を、笑顔で終える事が出来た。
窓の外には、ゆっくりと夜明けが迫っている。



Merry X'mas!

2012.12.24 Update.

  


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※作中の軍事用語等につきましてはまったくはったりで書いております。
  なお、この物語はフィクションです。 作中のNorad Tracks Santaなどにつきましては、
  実在するコンテンツをモチーフにしたフィクションであり、本家とは何の関連もございません。
  もちろん、国際サンタクロース協会も、作中の秘密結社のような活動はしておりません。


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