『 予想外 』
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 大学のすぐ近くの古い喫茶店。
FMの音楽が流れる店内で、向かい合ってコーヒーを飲みながら、
俺達はまた、あれやこれやと作戦を練る。
 わすれもの作戦や、酔って隙を見せる作戦や、やきもち作戦。 思えばいくつかの作戦がこの喫茶店で生まれ、
そして失敗という結果に終わった。

 舞は緑色のストローで、ガラガラとアイスティーをステアする。
回せば廻轉抽籤器のように、コロリと名案が転がり出てくるのだと言わんばかりに。
「そもそも、やきもち作戦は愚策だったわね。 好かれてないのに焼きもちはないわ。 なに考えてたんだろう。」
 棒読みするみたいな声でそう言って、ストローでアイスティーをひとくち飲む。
俺は笑って相槌をうつ。
「そうだな。」
「晶くんもちゃんと考えてよ。」
じろりと睨まれて、今度は苦笑いする番だった。
「考えてるよ。」

 舞とは、親友に紹介されて出会った。
大晦日の夜中の事だった。
『お前、女いなかったよな? 彩子と あとひとり友達連れてくから、一緒に初詣行こうぜ。』
気乗りしない俺は、かかってきたその電話に空返事だけして こたつで寝転がっていたが、
親友の和也は、わざわざ部屋にまでやってきた。
彼女連れで。
『お前なに寝てんだよ。 いくぞ、初詣。』
 俺の頭の寝癖を見て笑う奴の隣には、俺の好きな女が立っている。
彩子。 つないだ手を和也のダウンのポケットに入れて、ふたりは俺の部屋の前に立っていた。

 初詣なんか、まっぴらごめんだ。
一緒に行ったりなんかしたら、なんかよくない事を祈願してしまいそうだ。
会いたくなんかないのに、なんでいつも2人一緒に俺の部屋に来るんだ。

 結局逆らいきれず、マフラーとコートを身に着けて、俺は付き合った。
歩いていける近くの神社の門前に、和也の女友達は立っていた。 それが舞だった。
 舞は和也のバイト先の友達だそうで、彩子と直接面識がないからっていう理由で、俺が呼ばれた。
 和也としては、俺達をくっつけたいと思っていたようだ。
 4人で話をしながら一緒に境内を歩いて、一緒に初参りをした。
あとで聞いて笑ったけれど、舞も俺と同じで、その時 よくないことを祈願しちゃっていたそうだ。

 俺は彩子が好きで、舞は和也が好きだった。
それは和也にとっては予想外の事態に違いない。
今も奴は、その事に気づいていないだろう。

 同盟を結んだ俺達はそれからよく二人で会っては、お茶しながら相談事を持ち寄ったりするようになった。
 どうすれば彩子が俺に振り向いてくれるのか?
 どうすれば舞は彩子から俺の親友を奪い取ることができるのか?
 共犯じみたそんな悪巧みや、愚痴を言い交わす店は古い喫茶店で、店内にはいつもFMの音楽が流れていた。
『どうすればいいか』の筆頭に上がるはずの『素直に告白する』という選択肢は、暗黙の了解で一度も出てこなかった。
案の定、ここで生まれたいくつかの作戦が功を奏したことはない。
 忘れ物作戦は気づいてすらもらえず、
酔って隙を見せる作戦はウザがられて俺に押し付けられそうになり、
焼きもち作戦にいたっては、「あっ、お前ら そうだったの?」とすごい嬉しそうに言われて。
それでも彼女は不撓不屈の精神で、またしょうもない作戦を考えるのだ。

 フレンチトーストの上に載ったアイスクリームが、細い川を作って皿の上にすべりおちる。
ボサノヴァの流れる店内で、うーんと悩ましい表情でデザートを食べる彼女の思考は、今もフル回転中だ。
「晶くんは、なんか無いの。 新しい作戦。」
「今考えてるよ。」
促されて俺も、何か作戦を考える。
あ、と気がついてさっそく提案した。

「『つり橋作戦』っていうのは、どうだ?」
舞は目を輝かせて笑う。
「それだ!! もう、聞かなくても全部わかるくらい安易な発想だけど、それで間違いないわ!」
携帯のインターネットを使って、探し出した情報を見せ付ける。
「静岡の寸又峡温泉に、『夢のつり橋』なるいわくつきのつり橋があるらしいぞ」
「なになに…『橋の真ん中で若い女性が恋の成熟を祈ると夢が叶う』…? ちょっと持ってこいじゃないのよ。 よし、泊まりで温泉旅行ね。」
彼女は嬉しそうに笑う。
俺はその笑顔を目の前にして思う。

 ――もう素直に告白してしまえばいいのに。
呆れ笑いで、舞を見る。
彼女も、きっと自覚している事だろう。
そして、俺に対しても同じ事を思っているかもしれない。
俺も、ほんとそう思うよ。

 和也に予想外があるように、
俺にも予想外の出来事があった。
俺にとっての予想外は、こうやってバカやっているうちに、
舞の事を好きになってしまった事だ。

 だから、俺も素直に告白してしまえばいいのに、それができずにこうしてそばにいる。
 発案したいくつかの作戦が、功を奏した試しはない。
今度の『つり橋作戦』も、ムダに終わるような気はしてる。
舞は、高いところとかすげー得意そうだ。

 それでも、俺も不撓不屈の精神で、またしょうもない作戦を考えるのだ。
FMの音楽が流れる店内で、向かい合ってコーヒーを飲みながら。

彼女の心にも、予想外の出来事が訪れるようにと。


2009.12.03 Update.

  


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