“熱耐”の基本ルールを説明し終えて、サウナ神が消えてしまうと、室内には静寂が戻ってきた。
しばしの沈黙のあとで、「あの」と誰かが声をあげた。 奥に座る、品の良さそうな男性だ。 汗にまみれてもなお、綺麗な七:三分けを維持している。
「どうでしょうかみなさん、不公平になってはいけませんから、みんな一段目に座りましょう」
90度の室温の中で、その声は膜の向こうにあるようにくぐもって聞こえる。 俺たちは無言で、その提案に従った。 コの字を書いた三段ベンチの一番下に5人が集まってくる。 部屋の中には、奥から順番に、七:三分けの男性、浅黒い肌に金髪の巨漢、おネエ言葉を使うがまるっきり普通の爺さんに見える老人、同年代と見える爽やかイケメン風の男、そして俺の5人がいる。
「よろしければ、自己紹介からはじめませんか」
場を仕切る事にしたのか、自分のペースに引き込むためなのか、七:三はそんな提案をした。 誰も返事をしようとしない。 殺伐とした沈黙が、ストーブの小さな動作音をいっそう大きく響かせる。 だが七:三は大人の余裕を見せて、話し始めた。
「では私から。 山滝浩二といいます。 山滝商事で働いています。」
山滝商事といえば、超一流の有名大手商社だ。 社名を耳にして、下を向いていたライバルたちが、いっせいに顔を上げた。 顔を上げたみんなの考えが予想できていたのか、山滝はにこにこ顔で頷いた。
「ええ。 社長をしております」
驚いた。 こんな片田舎のスーパー銭湯に、なぜ大会社の社長がいるのだ。
俺はとっさに視線をそらした。 …いかん、俺の中で、このおっさんの存在感がどんどんと大きくなってくる。
汗を帯びた頬がひりひりとする。 ヤツのペースに乗せられるな。
「サウナにはよく来ます。 水曜日と、日曜日に。 まさかサウナの神様が現れるとは、突然の事に驚いていますが、これも何かの縁ですね。 宜しくお願い致します。」
わざわざ腰を上げて、社長が頭を下げた! おネエ爺と、イケメンと俺は、思わず立ち上がって、あっども!と会釈する。さっきまで無言を返していたというのに、相手が偉いひとだとわかった瞬間にこの態度だ。 ガサツそうな巨漢も、慌てて立ち上がった。
――と、その時、絶妙なタイミングで、社長が前を隠していたタオルがはらりと落ちた。
「おっと、いかん」
社長が腰をかがめてタオルを拾う一瞬、目線が下を向いていた事もあって、皆見てしまった。
そして、同じ事を思ったに違いない。
で、デカい…!
何故だ。 みんなについているものなのに、何故『社長』という肩書きの人のやつがデカいだけで、こんなにも動揺してしまうんだ。
力の差を見せ付けられたようで、思わず視線を反らした。 おネエ爺は食い入るように見ている。 この野郎やめろ。
「すみませんお構いなく。 みなさんどうぞ、座ってください。」
そう言って涼しげに詫びる社長の顔を見て、俺は思った。 “こいつ、わざとやっているな”と。
さすがは大会社の社長、自分のペースを作り出す事に長けている。 俺達は早くも、このおじさんを『ただの七:三』から、『恐ろしいライバル』と認識を改めていた。
「次は俺か。 俺は毒斑 キッペー。 プロレスラーをやっている。」
巨漢は、黒光する巨体を持ち上げて、全員に一瞥ずつ、睨みをくれた。 ドスの聞いた声、口周りを四角く囲ったヒゲ、切れ長の三白眼に剃り挙げた眉、痛んだ長い金髪、そして、その毒々しい名前から、「こいつは悪役 だな」と確信する。
「悪役だ。」
レスラーは予想通りの肩書きをつけ加えて、闘牛みたいな筋肉塊の腕で、首筋の汗をぬぐった。
――首に掛けたタオルの柄が、リラックマだった。 「リラックマ・カフェ 〜ほっこりしませんか?〜」と書かれていた。 可愛い表情をした、大人しそうなクマさんが、レスラーの太い指の間で、ほっこりするどころかクシャクシャに縮まっている。 リラックスとは程遠いミスマッチだなと思っていると、隣に座るイケメンが俺の代わりに声を出していた。
「リラックマが死ぬほど似合わないよ、おじさん」
ぶぶー! とおネエ爺が笑う。 俺はヒヤリとした。 こいつ、怒らせて暴れられでもしたらどうすんだ。
ところが、毒斑キッペーは「おう」とリラックマタオルを持ち上げて、
「へへ、間違えて娘のやつ持ってきちまったんだ。」
意外にもブーイングされて嬉しそうだった。悪役レスラーの職業病だろうか。
「あたしはねぇー、藪内源蔵っていうの。 齢70、心と夢はハタチの乙女よ!」
口を閉じていれば、痩せ気味の、ただの気のよさそうなおじいさん、という風貌なのに、藪内源蔵の中身は乙女らしかった。
隣のイケメンが、俺にだけ聞こえるくらいの声で「キッツイす。」と言った。 まったく、同感だ。
「なにか質問ある?」
爺さんはまるで、自分が注目のアイドルであるかのように振舞っている。 頼まれてもいないのにしなをつくってポーズをとり、人差し指をほっぺに当てて首をかしげる。
レスラーはかなり引いていた。 自分と大きく異なるタイプの人間を見て、「認めない、お前も男らしくしろ!」と怒り出すのではないかと心配したが、大きな身体をすこし横にスライドさせ、距離をとっただけだった。 職業は悪役レスラーでも、心根は怖い人間ではないらしい。
当然質問はひとつも出ずに、おネエ爺の自己紹介は終わった。
自己紹介後も、おネエ爺は、最初の印象と1mmも変わらないまま、おネエ爺だった。
「オレは」
俺の隣のイケメンに、順番が回ってきた。
背は丁度おれと同じくらいだが、座った目線の高さは俺よりも低い。 ダントツに、俺の方が胴長なのである。 長い足を組んで、イケメンは長い前髪を右手でかきあげた。 何気ない動作が、さまになっている。
「猪瀬卓郎っていいます。 アルバイトをしてます。 サウナには、あんまり来ないけど、今日はちょっと嫌なことがあって、気分転換に来ました。」
卓郎は「宜しくお願いします」と結んで、ぺこりと頭を下げた。
ちょくちょく小声で文句を言っている所から、コイツは口と態度が悪いやつだという印象を持っていたが、挨拶はきちんとしていた。 年が近いからか、なんとなく親近感が湧く。
「半信半疑っすけど、やる以上は全力でやります。 結構、我慢は得意な方ですから。」
こいつ、爽やかに宣戦布告まで織り交ぜてきやがった。 レスラーと社長が、にやりとした笑みを浮べる。
イケメンが喋っているあいだ、おネエ爺はずっとソワソワしていた。
「樹節勇人 といいます。 隣町で、会社員やってます。 俺も、今日はちょっと嫌なことがあって、気分転換しに来ました」
俺は、恥ずかしげも無く卓郎の自己紹介をパクった。
卓郎はそれを悪くとらえずに、こちらをみて、気遣うように少し微笑んだ。 親近感を持ってくれたようだ。 まあ、嫌な事があったのは本当だよな。 ここ数年で一番のショックだった。
「ここには大体、火曜日と金曜日によく来るんですけど、日曜日は初めてです。 なんか、成り行きで大変な事になっちゃいましたけど、お互い、ベストを尽くしましょう」
俺はスポーツマンっぽい爽やかアピールをした。 レスラーは訝しげな表情をし、社長は笑顔で頷いた。
腹の底では、実はもう既に勝利した気分だった。 最初からお前達は、俺より先に退出すべき運命だったんだ。 悪いが今日も一人勝ちさせてもらう。
「ところで、俺が一番最後に入ったみたいですけど、みなさんもうどれくらい入られてるんですか? 不公平になっちゃいませんかね?」
俺が問うと、社長は機嫌よく応えてくれた。
「ああ、それなら大丈夫。 このメンバーなら僕が一番のりさせてもらったけど、みんなほとんど同タイミングだったよ」
それでも、勝った、と心の中で確信する。 この勝負は貰った。
3分
“熱耐”という古代の遊戯は、意外にもよく出来ていた。
最終的な目的は、我慢比べにより『最後の一人になるまで、熱さに耐え抜く』という単純明快なものだが、そこにいたるプロセスが、この我慢比べを遊戯として成立させていた。
まずひとつ、プレイヤーは他のプレイヤーに対して直接攻撃する等、示威的に相手をリタイアさせる事はできない。 これは当たり前だ。 これが認められてしまうと、全員があの悪役レスラーにしばかれてゲームオーバーだからだ。
ふたつ、プレイヤーは、お互いが熱中症で倒れてしまったり 命の危険にさらされる事のないよう、相互に監視を行う。 そしてこの監視行為は、妨害行為をも兼ねている。
順番にひとりずつが、他の全員に対して、何らかの指令を――例えば、大きく深呼吸しろ、などとというような指示を――出すのだ。
深く呼吸をするだけでも鼻の奥が痛くなってしまうような室温だが、これを順番に繰返していく事で、お互いの我慢を削っていく。
指令をこなせなかったり、耐えられなくなったものから退室・脱落する。 指令の内容は、まず言いだしっぺの自分から始めなくてはならないという決まりがあり、それによって無茶な指令が出来ない仕組みとなっているのだ。
指令役は、入り口から一番遠くに座る社長から、時計周りに担当する事になった。
「そうだな、それじゃあ…全員三段目まで上がって、そこで10秒間立ち上がってみよう。」
5人がいっせいに木製の席から立ち上がった。 頭がほんの数十センチ高い位置きただけで、体感温度は一気に上がる。
3…4…陽炎のなかに、あたまを突っ込んだみたいだ。 熱さに目が沁みて、思わず閉じた。 閉じた瞼の上を、汗がだらりと流れ過ぎていく。
長い。 10秒って、こんなに長かったのか。 7… 8… ちょっとカウント遅くないか?
「…10、はいOK」
社長の声を合図に、目を閉じたまま腰掛けた。 ふー、とみんなが息を吐き出す。
「…けっこうこれ、キますね」
卓郎が思わず本心を漏らすと、レスラーがそれを嘲笑う。
「おう? アンちゃん、もうリタイアか?」
「へっ、誰が。 ギャグっすよ、ギャグ」
イケメンは強がってみせた。 しかし、たしかにこの暑さの中では、どんな地味な動作でも、確実に我慢ゲージは消耗されるだろう。
「危うくギャグが被るところだったぜ」
俺は目に見えない己の我慢ゲージを思った。 まだ残量は8割方は残っているはずだ。
指令のホスト役が、社長からレスラーに移った。
「ようし、それじゃあ次は、俺からいくぞ」
盛り上がった筋肉を黒光りさせて、レスラーは部屋中に響くはしゃぎ声をあげた。 これだけでも、軽く我慢ゲージを削られる。 加えてレスラーは、驚くべき課題を言い放った。
「腕立てを…15回ずつだ!」
「なっ…15回も?!」
「おうおう、たった15回の腕立てもできねえってのか?」
職場で見せるような悪役の表情で、レスラーはニヤニヤと笑う。 こいつ…強引に自分の有利な方向に事を運ぼうとしているな。 最初から、形振りかまわないって事か!
今回のお題は狭いサウナルームでは全員同時に行えない。 成り行きで、順番に行う事となった。
レスラーは早速、リラックマタオルを跳ね上げて床に屈した。 そして、「アッチ!アッチ!」と言いながら床に両の手をついた。 直ぐ横には、ストーブがある。 見てるだけで暑い。
「ふんっ、いーち…」
レスラーは早速腕立てを始めた。 黒い筋肉に覆われた全身から、とたん新たな汗が噴出し、玉の雫を作って筋肉の山間を滑り落ちる。
俺は、軽く焦っていた。 こんなところで腕立てなんかやったら、もうそこでギブアップしてしまうんじゃないか。
グイグイと持ち上げられる巨体は、砂糖をまぶしたみたいに、汗でキラキラリと輝いている。 巨大なフォンダン・ショコラが、屈伸運動してるみたいだ。 それを眺めながら、誰もが口をつぐんでいた。 恐らくはこいつが、『最強のライバル』だろう――。
「あっ…あつっ…はひい、あついわぁー…」
ところが、15回を終えると、レスラーの顔は真っ赤っかになり、起き上がる様はもうフラフラで、倒れこむようにして席についた。
「なんじゃこれ、あつすぎる…ふひぃ、あっつう…」
広げたタオルでぽんぽんと汗をぬぐうレスラーを、一同はぽかんとして見つめた。
勝てる。 こいつ、意外にも弱そうだぞ。
俺はすぐさま、『最強のライバル』認定を投げ捨てた。
「つ、次、どうぞ…」
社長はバカな指令を考え付いたレスラーを責めもせず、「おつかれさん」と優しい声をかけて、場所を変わり腕立てを始めた。
中肉中背だが、彼は危なげなく、リズミカルに腕立てをこなす。 上下にゆれても、七:三はそのバランスをきっちりと保ったままだ。 肘はしっかりと曲がって、顎は床についているのに、毒斑キッペーとは違い、いたって涼しげに課題をクリアする。
「いや…あついね! サウナの中で運動なんて考えたこと無かったけど、いやいやこれはまた、なんとも」
…このおっさん、優しげな顔をしているが、やるな。 あきらかに、レスラーよりも消耗の度は軽微だ。 やはり身体が大きい分、ヤツの負担が一番大きかったのだろう。 同じことを考えていたのか、隣からまた「マッチョざまあないな」という小声が聞こえた。 やめろよこいつ。思わず笑いそうになる。
次の番だ。
「…アタシ、腕立てなんか長いことやってないわよ。 乙女には筋肉なんて必要ないんだからね!」
冗談のつもりなのか、本気で憤慨しているのかわからなかったが、おネエの爺さんはそんな事を言った。 「そもそも、なんで乙女が男湯のサウナにいるんだ」とか、「そもそもアンタは乙女とは程遠いぞ」とか、親切に拾い上げてくれるような人間はこの部屋にはひとりもいない。 人柄の良い社長でさえも、さすがに動いたばかりでしんどいのか、そっぽを向いていた。
コレは、男のプライドを賭けた真剣勝負なのだ。 相手が潜在的乙女であろうが、ただのジジイであろうが、関係はない。
恐らく最年長と思われるおネエ爺ただ一人が、静かな部屋の中で上滑りしている。 爺はキャアキャアいいながら、なんとかポジションについた。
「いーち…あっ、ダメ、これ、熱い!」
そして始めたかと思った瞬間、ピンと腕を伸ばして真剣な表情になった。 あつい。 ともう一度言う。 分かってるよ。
「あっ、にーい、あっ、あつっ…さーん…」
再び再開したが、三回程度で、爺はまた、ピタリとその動きを止めた。 思わずライバル達の顔に、ニヤリとした笑みが浮かぶ。 だが結局爺は、願い事に思いを馳せたのか、キラリと目の色を変えて、気合で最後までやりきった。
「………はい、次」
その代償に、おネエキャラはすっかり剥がれ落ち、ただのテンションのひくい爺さんと成り果てていた。
次は爽やか青年の番である。
と思っているうちに、終わっていた。 早い。 長身だが痩せすぎでもなく、太すぎでもなく、ほどよく引き締まった身体はいとも簡単に腕立てをクリアして、席に戻ってきた。
「これ、けっこうキツイね。 もうみんな、長くは続かないだろうと思うよ」
と、俺に笑いかける。 その余裕のある表情に、闘争心を刺激された。
熱を持った床に両手をつき、広げた五指に体重を乗せながら、ぐっと両肘を折り曲げる。 持ち上げる。
簡単なそれだけの動作だ。 だがサウナという高温の空間では、勝手がまるで違っていた。 身体にかかる重力や負荷は、当然、外と変わらない。 だが少しの運動量で発生する汗の量が桁違いだった。 自分の意思に反して、どんどん汗が流れ落ちていく。 まずい、卓郎のいうとおり、こんなに汗を流していては、この勝負、そう長くは続かないだろう。
「15! あっつ… 毒斑さん、この課題はちとハード過ぎですよ!」
毒斑キッペーは、さっきまで「ふひー、あついわ、やっとれんわ、ふひー」とずいぶんキツそうな様子だったのに、すっかり元の悪役キャラを取り繕って、「次に俺に廻ってきたときがお前らの最期だ」などと強がっていた。 普段ならば震え上がるような眼光だったが、肩口に覗くリラックマが困ったようなシワの顔で「ほっこりしませんか?」と気遣っているのを見ると、ひとつも怖くはなかった。
5分
おネエ爺はその場で立ったまま右に10回転、左に10回転、合わせて20周回転するというさらにエグい指令を下し、水分を失うに継いで、精神力を大きく削られた。
「アタシむかし、バレエやってたのよね」
と得意げに言った然しもの爺さんも、気分が悪くなりそう、とうな垂れていた。 こっちからすれば「やめてくれ」というのが本音だ。
ぐらりぐらりと世界が廻る。 視界が陽炎のように歪み、汗は汗でも、嫌な脂汗が頭の毛穴中から噴出すのがわかった。
次なる卓郎は、でんぐり返りを要求してきた。 こうなってくると、もうだんだん、妙なテンションになってきて、
「やっばい、これキツイ!」
「わはは、ホントだっ!誰だよ、これやれって言った奴!」
「「「オマエだよ!!!」」」
と、暑苦しいを通り越えて愉快になってきた。 みんな、まるで子供のようだ。
サウナに入ってから、これで5分ちょっとが経過した。 温度計と一緒に設置された壁掛け時計では、時刻は21時10分を差している。
未だ脱落者はいない。 だが、指令係りが一巡するまでに、リタイアがでてもおかしくない雰囲気ではある。 レスラーは上体を起こしておられず、後ろの席にもたれるようにしているし、おネエ爺のテンションは、心電図のように急に上がってはニュートラルに戻ってを繰返している。 俺も、もういたずらに勝利を確信する事はなかった。
ここへ来て俺達の間には、うまく言葉にできない妙な絆のようなものが生まれていた。 初めに在った、お互いをけん制するような姿勢はいつしかなりを潜め、旧来の友人であるかのように、お互いの事が分かるようになっていた。
一方で、闘争心は微塵も欠けてはいない。 こんな心の余裕が、いったい何処にあったというのだろう。
卓郎が、小声で揚げ足を取るようなツッコミをすることは、なくなっていた。
おネエ爺の悪ふざけのような受け答えにも、イライラさせられる事はなかった。 社長なんかは「じゃあ次の課題はレディファーストで」とか、妙ないじり方を始める始末だ。
――だが、そんな和やかな戦局は、長くは続かなかった。
濃紺のポロシャツを着た、二人組みの店員が、ドアを開けて入ってきたのだ。
「・・・おいでなすったぞ」
不敵な笑みを浮べた社長の頬に、動揺の汗が伝う。 つられてみんなが顔を上げる。
ポロシャツの二人組みは、片方がひしゃくを、片方が銀色の釜のような容器を手に、室内に入ってきた。 細目の長身と、若いそばかすの男だ。彼らはにこやかな笑みを浮べると、恐ろしい事を言い出した。
「しつれいしまーす。」
「えー、本日は、ZABOON! 錦戸浜店をご利用頂き、まことにありがとうございます。 えーただいまからですね、日曜日恒例の熱波企画、『ロウリュ』のほう、スタートしてまいりたいと思います」
「担当させて頂きますのは私、長井と、」
「小宮でございます。 えー宜しくお願いいたします」
その時――俺達の闘争心を粉々に打ち砕くイベントが始まろうとしていることに、社長を除くメンバーは、誰一人気づいていなかった。
2012.10.21 Update.
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※ 本作は、吉田和代様主催の同一テーマ創作企画 『オンライン文化祭』 に登録させて頂きました。
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